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東京高等裁判所 平成7年(行ケ)50号 判決

ドイツ連邦共和国ハノーヴァー・

ゲッチンゲル・ショセー 76

原告

トムソン コンシューマー エレクトロニクス セイルズ ゲゼルシャフトミット ベシュレンクテル ハフツング

(旧名称)

テレフンケン・フェルンゼー・ウント・ルントフンク・ゲゼルシャフト・ミット・ベシュレンクテル・ハフツング

同代表者

パウル・リンデマン・メラー

ヘルメス ウエルデマン

同訴訟代理人弁護士

牧野良三

同弁理士

矢野敏雄

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 荒井寿光

同指定代理人

田村敏朗

及川泰嘉

関口博

主文

特許庁が平成3年審判第10065号事件について平成6年9月28日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1983年3月23日付け及び同年9月14日付けドイツ連邦共和国特許出願に基づく優先権を主張して、昭和59年3月23日、名称を「遠隔操作装置」とする発明(以下「本願発明」という。)について特許出願(昭和59年特許願第54607号)したところ、平成3年1月14日拒絶査定を受けたので、同年5月20日審判を請求し、平成3年審判第10065号事件として審理されたが、平成6年9月28日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年11月9日原告に送達された。

2  本願発明の要旨

無線伝送チャネルを介して遠隔操作装置に接続されている1つまたは複数の機器(20)の種々の機能を制御するための遠隔操作装置であって、該遠隔操作装置は、コード信号を発生しかつ前記伝送チャネルを介して送出する回路(10)と、前記機器に関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶している記憶素子(12~14)と、該記憶素子に記憶されている規則に応じて操作素子を種々の機能に割当てるマイクロプロセッサを有する回路部分(4、5)と、ユーザによって行われるキー操作を記憶する、RAMとして構成されている作業メモリ(6)とを有している形式の遠隔操作装置において、

a)前記遠隔操作装置は、電子指示素子(3)上のシンボルまたは文字が対応している操作素子(2)を有しており、前記マイクロプロセッサ(4)は、前記操作素子(2)の操作によりそれぞれの操作素子(2)に対応するシンボル、文字または略語のその都度の割当てが前記指示素子(3)上に現れるようにする信号を前記指示素子(3)に送出し、かつ

b)前記マイクロプロセッサ(4)は、論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリ(12~14)に記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路(10)が前記制御すべき機器(20)にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする

ことを特徴とする遠隔操作装置。(別紙図面1参照)

3  審決の理由

審決の理由は別添審決書写し記載のとおりであって、その要旨は、本願発明はその出願前日本国内において頒布された特開昭57-10594号公報(引用例)に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない、としたものである。

4  審決の理由に対する認否

(1)  審決の理由Ⅰ(本願発明の要旨)は認める。

(2)  同Ⅱ(引用例)のうち、「前記「VTR」又は「テレビ」に関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶しており、該規則に応じて「入力キー1」(「スイッチ」)を種々の機能に割当てる「マイクロコンピュータ」を有する「入力キー検出処理回路2」と、「機能切換スイッチ」(「TV/VTR」)が操作されたことを記憶する機能を持つ「遠隔制御コード発生回路8」とを有しており、」(審決書4頁12行ないし19行)との部分、「前記「マイクロコンピュータ」は、このツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部側から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて前記「発振部5」が前記「VTR」又は「テレビ」に「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生しかつ伝送することを可能にする」(同5頁17行ないし6頁3行)の部分は争い、その余は認める。

(3)  同Ⅲ(本願発明と引用例との対比)のうち、引用例記載の「光信号」、「遠隔制御発信装置」、「VTR」又は「テレビ」、「制御信号」(「シリアルコード信号」)、「入力キー1」(「スイッチ」)、「マイクロコンピュータ」、「表示部4」と「表示駆動回路3」との組合せ、「表示文字」、「切換信号」が、それぞれ本願発明の「無線伝送チャネル」、「遠隔操作装置」、「1つまたは複数の機器」、「コード信号」、「操作素子」(「キー」とも表現されている)、「マイクロプロセッサ」、「電子指示素子」、「シンボルまたは文字」(「シンボル、文字または略語」とも表現されている)、「操作素子(2)に対応するシンボル、文字または略語のその都度の割当てが前記指示素子(3)上に現れるようにする信号」に相当すること(審決書6頁8行ないし7頁12行)、「引用例記載のものは、引用例第2頁右下欄末行~第3頁左上欄末行に記載されているように、機能切換スイッチが押されただけではシリアルコード信号を発生せず、その後に他の入力スイッチが押されたときに初めてシリアルコード信号を発生するものであり、かつ、この際に遠隔制御コード発生回路8から発生するシリアルコード信号は、機能切換スイッチが押されずに他の入力スイッチが押されたときに発生するシリアルコード信号とは異なったシリアルコード信号となるものである。」(同7頁末行ないし8頁10行)との部分、一致点の認定のうちの「無線伝送チャネルを介して遠隔操作装置に接続されている1つまたは複数の機器の種々の機能を制御するための遠隔操作装置であって、該遠隔操作装置は、コード信号を発生しかつ前記伝送チャネルを介して送出する回路と、」(同10頁12行ないし16行)との部分、「a)前記遠隔操作装置は、電子指示素子上のシンボルまたは文字が対応している操作素子を有しており、前記マイクロプロセッサは、前記操作素子の操作によりそれぞれの操作素子に対応するシンボル、文字または略語のその都度の割当てが前記指示素子上に現れるようにする信号を前記指示素子に送出し、」(同11頁6行ないし12行)との部分、相違点の認定のうちの(2)、(3)(同12頁8行ないし18行)については認めるが、その余は争う。

(4)  同Ⅳ(当審の判断)は争う。

(5)  同Ⅴ(むすび)は争う。

5  審決を取り消すべき事由

審決は、引用例の技術内容を誤認して、本願発明との一致点の認定を誤り、かつ、本願発明の顕著な作用効果を看過して、本願発明の進歩性の判断を誤ったものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  取消事由1(引用例の技術内容の誤認による一致点の認定の誤り-その1)

審決は、引用例につき、「「機能切換スイッチ」(「TV/VTR」)が操作されたことを記憶する機能を持つ「遠隔制御コード発生回路8」」(審決書4頁17行ないし19行)、「引用例記載のものの遠隔制御コード発生回路8は、機能切換スイッチが操作されたことを記憶するための、作業メモリ、レジスタ又はフリップフロップ等で構成された記憶素子を備えていると認められ、かつ、引用例記載のものにおいて機能切換スイッチが操作されたことを記憶することと、本願発明において「ユーザによって行われるキー操作を記憶する」こととは、ある入力操作がなされたか否かを記憶する点で共通するから、引用例記載のものの上記作業メモリ、レジスタ又はフリップフロップ等で構成された記憶素子は、本願発明の「作業メモリ」に相当する。」(同8頁11行ないし9頁3行)と認定して、本願発明と引用例記載のものとは、「ユーザによって行われるキー操作を記憶する作業メモリ」(同11頁3行、4行)を有している点で一致している、としている。

しかし、引用例における遠隔制御コード発生回路8は、ユーザによって機能切換スイッチ「TV/VTR」が操作されたことを記憶する機能(記憶素子)を有しない。すなわち、

引用例の装置において、コード発生回路8は、入力キー1のうちのどのキーが押されたかをキー識別回路7で検出した結果に基づき10ビットの遠距離制御コードを発生するものであって、キー識別回路の識別結果を記憶するものではない。コード発生回路8は、キー識別回路の出力を書き込むRAM(ランダムアクセスメモリ)ではなく、その出力に対応して機能切換スイッチが押されていたときと、押されていなかったときとでは、同一スイッチが押されたとしても、異なるコード信号を発生するものである。もし、被告の主張するようにコード発生回路8が入力キー1の入力データの記憶機能をも有するものとすれば、それを記憶する記憶回路がブロックとして描かれていなければならないのみか、端的に「書込み読出し可能な記憶回路ないしRAM」と明記されていなければならない。ところが、引用例には、入力キー1の中の機能切換スイッチ「TV/VTR」が押されただけでは遠距離制御コード発生器から10ビットのシリアルコードは発生せず、他の入力スイッチが押されたときコード信号が発生するようになっている、と記載されているだけである。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

(2)  取消事由2(引用例の技術内容の誤認による一致点の認定の誤り-その2)

審決は、引用例につき、「「VTR」又は「テレビ」に関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶しており、該規則に応じて「入力キー1」(「スイッチ」)を種々の機能に割当てる「マイクロコンピュータ」を有する「入力キー検出処理回路2」」(審決書4頁12行ないし16行)、「引用例記載のものの「マイクロコンピュータ」には、VTR又はテレビに関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶するための記憶素子が付随していると認められるから、この記憶素子は、本願発明の「記憶素子」(「機器に関連するメモリ」とも表現されている)に相当する。」(審決書7頁13行ないし19行)と認定し、本願発明と引用例記載のものとは、「前記機器に関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶している記憶素子と、該記憶素子に記憶されている規則に応じて操作素子を種々の機能に割当てるマイクロプロセッサを有する回路部分」(同10頁17行ないし11頁2行)を有している点で一致している、としている。

しかし、引用例のマイクロコンピュータは、VTR又はテレビに関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶する記憶素子を有しないし、記憶素子に記憶されている規則に応じて操作素子を種々割当てる機能も有しない。引用例の「TV/VTR」スイッチが押されていない場合、数字文字「1」~「12」のスイッチのうちの1つを押せば、表示部の「1」~「12」の文字の1つの文字が、例えば明るくなり、また制御スイッチAからDに対応する文字、例えば「音量アップ」の文字はBのスイッチを押すと、例えば明るくなる。そして、「TV/VTR」スイッチをVTRに変えるときは、制御キー「A」から「D」までに対応する表示のうち例えば「ポーズ」表示は、Aのスイッチを押すと、例えば明るくなることは事実である。このような操作を目して「操作素子を種々の機能に割当てる」と称するかどうかは自由であるが、少なくともかかる操作を「VTR又はテレビに関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶する記憶素子と、該記憶素子に記憶されている規則に応じて操作素子を種々の機能に割当てる」ということは到底できない。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

(3)  取消事由3(引用例の技術内容の誤認による一致点の認定の誤り-その3)

審決は、引用例につき、「前記「マイクロコンピュータ」は、このツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部側から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて前記「発振部5」が前記「VTR」又は「テレビ」に「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生しかつ伝送することを可能にする」(審決書5頁17行ないし6頁3行)、「引用例記載のものにおいて、ツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部側から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて前記「発振部5」が前記「VTR」又は「テレビ」に「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生しかつ伝送することを可能にすることは、本願発明において、「論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリ(12~14)に記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路(10)が前記制御すべき機器(20)にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする」ことに相当する。」(同9頁14行ないし10頁8行)と認定して、本願発明と引用例記載のものとは、「b)前記マイクロプロセッサは、論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリに記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路が前記制御すべき機器にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする」(同11頁13行ないし19行)という点で一致している、としている。

しかし、上記(1)、(2)で述べたとおり、引用例のマイクロコンピュータは、「記憶素子に記憶されている規則に応じて操作素子を種々の機能に割当てる」機能を有するものではないし、遠隔制御コード発生回路8は、ユーザによって機能切換スイッチ「TV/VTR」が操作されたことを記憶する機能を有するものではないから、このことの当然の帰結として、「論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力され」るまでユーザの命令をメモリする機能も、また入力された命令があらかじめ決められた規則と論理的に一致するか一致しないかを確認するための手段、装置を有しないものである。すなわち、引用例のマイクロコンピュータは、ツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて発信部がVTR又はテレビに制御信号を発生、伝送する機能を有するものではないのである。

したがって、審決の上記認定は誤りである。

(4)  取消事由4(作用効果の看過)

本願発明は、〈1〉命令を機器に送出する前に監視することができ、これによって機器に伝送する前に誤りを排除することができる、〈2〉多数のデータをデータパケットにまとめて伝送するために必要な回路が、コンパクトな形式の伝送により簡単化されている、〈3〉遠隔操作装置と機器との間の伝送チャネルを利用する時間が著しく低減される、といった顕著な作用効果を奏するが、審決はこの点を看過している。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同5は争う。

審決の認定、判断は正当であって、原告主張の誤りはない。

2  反論

(1)  取消事由1について

引用例の2頁右下欄末行ないし3頁左上欄末行(以下「記載(イ)」という。)からは、入力スイッチの操作によって異なるコード信号を発生する以上、入力スイッチの操作時において機能切換スイッチの操作の状態を参照する必要があり、明確な記載がなくとも、少なくとも機能切換スイッチが押された状態は記憶する必要があること、及び、そのために、機能切換スイツチの操作の記憶手段(記憶素子)を、上記シリアルコード信号の発生手段である遠隔制御コード発生回路8が有することが読み取れる。

そして、引用例をみると、「Eポートの4つの端子からは・・・Cポートの端子から出力する。」(2頁右下欄6行ないし20行。以下「記載(ロ)」という。)との記載の直後に、ただし書きとして記載(イ)があるので、記載(ロ)にある遠隔制御コード発生回路8によるシリアルコード信号の発生は、操作された入力スイッチを検出するキー識別回路7の検出結果をそのまま発信部5に伝えるものではなく、記載(イ)にあるように、機能切換スイッチの操作に応じて異なった種類の信号を発生するものであり、そのために、機能切換スイッチの操作の記憶手段(記憶素子)を遠隔制御コード発生回路8が有するものである。

したがって、引用例の遠隔制御コード発生回路8は、ユーザによって機能切換スイッチ「TV/VTR」が操作されたことを記憶する機能(記憶素子)を有しない、とする原告の主張は失当であり、審決には、この点における事実の誤認はない。

(2)  取消事由2について

記載(イ)、及び、引用例の「次に入力キー検出処理回路2と・・・プログラムされている。」(2頁左下欄19行ないし右下欄3行。以下「記載(ハ)」という。)、「入力キー1のうち、・・・表示はそのままである。」(2頁左下欄3行ないし18行。以下「記載(ニ)」という。)との各記載によれば、引用例のマイクロコンピュータは、「VTRまたはテレビに関連して制御すべき機能に適合した決められた規則」を記憶するための記憶素子を有し、「規則に応じて操作素子を種々の機能に割当てる機能」を有することが読み取れる。

したがって、引用例のマイクロコンピュータは、VTRまたはテレビに関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶する記憶素子と、記憶素子に記憶されている規則に応じて操作素子を種々の機能に割当てる機能も有しない、とする原告の主張は失当であり、審決には、この点における事実の誤認はない。

(3)  取消事由3について

本願発明の「前記機器に関連するメモリに記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて・・・コード信号を発生しかつ伝送することを可能にする」の「決められた規則」、「論理的な一致」はどのような規則、どのような方法による論理的な一致かについて出願当初の明細書及び図面(甲第2号証)には具体的に記載されておらず、明確ではないが、明細書及び図面の記載からみて、「決められた規則」とは、「操作すべき各機器に対して典型的な操作規則」に相当すると認められる。

しかして、引用例の2頁右下欄末行ないし3頁左上欄末行に記載されている、「〈1〉機能切換スイッチ「TV/VTR」の操作のみでは遠隔制御用のシリアルコード信号を発生しない、〈2〉機能切換スイッチ「TV/VTR」の操作がなくて、他の入力スイッチの操作が単独であるときは、テレビ制御用のシリアルコード信号を発生し、上記機能切換スイッチの操作があって、他の入力スイッチの操作が続いてあるときは、VTR制御用のシリアルコード信号を発生する。」という〈1〉、〈2〉の規則が、本願発明の上記規則に相当すると認められる。

また、出願当初からの図面及び明細書の記載(特に第4図ないし第6図及びこれらの説明)を勘案すれば、「決められた規則との論理的な一致が確認」されたときとは、ツリー構造になっている操作論理において基部側から末端部へと一連の操作が順次行われて最末端の操作まで終了したことを確認することを意味するものと認められる。

しかして、引用例装置において、上記〈1〉の規則が満足せず、〈2〉の規則が満足したときに、論理的一致を確認しているといえ、この後、シリアルコードを発生し、それ以外はシリアルコードを発生するためのステップは進まないことから、引用例装置は、本願発明と同様、「決められた規則」が「論理的な一致が確認されたとき」に制御すべき機器にコード信号を発生する機能を有しているといえる。

したがって、引用例のマイクロコンピュータは、ツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部側から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて発信部がVTRまたはテレビに制御信号を発生、伝送する機能を有しない、とする原告の主張は失当であり、審決には、この点における事実の誤認はない。

(4)  取消事由4について

原告が主張する本願発明の効果は、引用例のものも当然有する効果にすぎない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1(特許庁における手続の経緯)、同2(本願発明の要旨)、同3(審決の理由)については、当事者間に争いがない。

そして、審決の理由Ⅱ(引用例)のうち、引用例に、「「光信号」を介して「遠隔制御発信装置」に接続されている「VTR」又は「テレビ」の種々の機能を制御するための「遠隔制御発信装置」であって、該「遠隔制御発信装置」は、「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生し、かつ「光信号」によって送出する「発振部5」と、」(審決書4頁5行ないし11行)、「a)前記「遠隔制御発信装置」は、「表示部4」上の「表示文字」が対応している「入力キー1」を有しており、前記「マイクロコンピュータ」は、前記「入力キー1」の操作によりそれぞれの「入力キー1」に対応する「表示文字」のその都度の割当てが前記「表示部4」上に現れるようにする「表示切換信号」を前記「表示部4」を駆動する「表示駆動回路3」に送出し、b)前記「遠隔制御発信装置」は、「音量アップ」や「音量ダウン」等の「テレビ」制御用「入力キー」が最下層の「入力キー」としてツリー構造の操作論理の基部に直接結合し、「ポーズ」や「キュー」等の「VTR」制御用「入力キー」が最下層の「入力キー」として「機能切換スイッチ」を介してツリー構造の操作論理の基部に結合した2階層のツリー構造となった操作論理に従っており、」(同5頁1行ないし16行)とのそれぞれ記載があること、同Ⅲ(本願発明と引用例との対比)のうち、引用例記載の「光信号」、「遠隔制御発信装置」、「VTR」又は「テレビ」、「制御信号」(「シリアルコード信号」)、「入力キー1」(「スイッチ」)、「マイクロコンピュータ」、「表示部4」と「表示駆動回路3」との組合せ、「表示文字」、「切換信号」が、それぞれ本願発明の「無線伝送チャネル」、「遠隔操作装置」、「1つまたは複数の機器」、「コード信号」、「操作素子」(「キー」とも表現されている)、「マイクロプロセッサ」、「電子指示素子」、「シンポルまたは文字」(「シンポル、文字または略語」)とも表現されている)、「操作素子(2)に対応するシンボル、文字または略語のその都度の割当てが前記指示素子(3)上に現れるようにする信号」に相当すること(審決書6頁8行ないし7頁12行)、「引用例記載のものは、引用例第2頁右下欄末行~第3頁左上欄末行に記載されているように、機能切換スイッチが押されただけではシリアルコード信号を発生せず、その後に他の入力スイッチが押されたときに初めてシリアルコード信号を発生するものであり、かつ、この際に遠隔制御コード発生回路8から発生するシリアルコード信号は、機能切換スイッチが押されずに他の入力スイッチが押されたときに発生するシリアルコード信号とは異なったシリアルコード信号となるものである。」(同7頁末行ないし8頁10行)こと、一致点の認定のうちの「無線伝送チャネルを介して遠隔操作装置に接続されている1つまたは複数の機器の種々の機能を制御するための遠隔操作装置であって、該遠隔操作装置は、コード信号を発生しかつ前記伝送チャネルを介して送出する回路と、」(同10頁12行ないし16行)、「a)前記遠隔操作装置は、電子指示素子上のシンボルまたは文字が対応している操作素子を有しており、前記マイクロプロセッサは、前記操作素子の操作によりそれぞれの操作素子に対応するシンボル、文字または略語のその都度の割当てが前記指示素子上に現れるようにする信号を前記指示素子に送出し、」(同11頁6行ないし12行)との各部分、及び相違点(2)及び(3)の認定(同12頁8行ないし18行)についても、当事者間に争いがない。

2  そこで、原告主張の取消事由の当否について検討する。

(1)  取消事由1について

〈1〉  引用例(甲第14号証)には、遠隔制御コード発生回路8に関して、「入力キー検出処理回路2(1は誤記と認める。)ではキー識別回路7でこのAポートとBポートの端子のうちのいずれの端子にいずれの位相のパルスが入力されたかを検出して、入力キー1のうちのいずれのスイッチが押されたかを検出する。そして、その検出に応じて遠隔制御コード発生回路8で各スイッチ毎に異なる10ビット(5ビット+5ビット)のディジタルコードの遠隔制御用シリアルコード信号を発生し、Cポートの端子から出力する。」(2頁右下欄11行ないし末行)、「ただし、機能切換用の切換スイッチ「TV/VTR」が押されたときには、そのスイッチが押されただけではシリアルコード信号を発生せず、この機能切換スイッチ「TV/VTR」が押されて続いて他の入力スイッチが押されたときに、機能切換スイッチ「TV/VTR」が押されずに他の入力スイッチのみが単独で押されたときとは異なったコードのシリアルコード信号を発生するように、遠隔制御コード発生回路8を切換えるようにする。すなわち、同じ入力キーが押されても、機能切換スイッチ「TV/VTR」がその前に押されていたか否かによって異なるコード信号が発生されることになり、1つの入力スイッチを2つの種類の操作用に用いることができる。ここでは、機能切換スイッチ「TV/VTR」が押されずに入力スイッチが押されたときにはテレビ操作用のシリアルコード信号を発生し、機能切換スイッチ「TV/VTR」が押されてから入力スイッチが押されたときにはVTR操作用のシリアルコード信号を発生するようにしている。」(2頁右下欄末行ないし3頁左上欄末行)と記載されていることが認められる。(なお、引用例の装置については別紙図面2参照)

上記記載されているところは要するに、TVモードの場合には各キーの押圧に対しあるコード体系が出力され、VTRモードの場合には別個のコード体系が出力されるという固定的な入出力関係を実現するというものであり、遠隔制御コード発生回路8は、キー識別回路7で検出した結果に基づいて各スイッチ毎に異なる遠隔制御用シリアルコード信号を発生するもの、すなわち、単にある入力に対して決まった信号を出力するものであって、機能切換スイッチ「TV/VTR」が操作されたことを記憶する機能を有するものとは認められない。その意味で、遠隔制御コード発生回路8には、本願発明における「RAM」が用いられているものとは認められない。

したがって、審決が、引用例について、「「機能切換スイッチ」(「TV/VTR」)が操作されたことを記憶する機能を持つ「遠隔制御コード発生回路8」」(審決書4頁17行ないし19行)、「引用例記載のものの遠隔制御コード発生回路8は、機能切換スイッチが操作されたことを記憶するための、作業メモリ、レジスタ又はフリップフロップ等で構成された記憶素子を備えていると認められ、かつ、引用例記載のものにおいて機能切換スイッチが操作されたことを記憶することと、本願発明において「ユーザによって行われるキー操作を記憶する」こととは、ある入力操作がなされたか否かを記憶する点で共通するから、引用例記載のものの上記作業メモリ、レジスタ又はフリップフロップ等で構成された記憶素子は、本願発明の「作業メモリ」に相当する。」(同8頁11行ないし9頁3行)とした認定はいずれも誤りであり、この認定を前提とする、本願発明と引用例記載のものとは、「ユーザによって行われるキー操作を記憶する作業メモリ」(同11頁3行、4行)を有している点で一致しているとした認定も誤りであるというべきである。

〈2〉  被告は、引用例の2頁右下欄末行ないし3頁左上欄末行の上記記載から、入力スイッチの操作によって異なるコード信号を発生する以上、入力スイッチの操作時において機能切換スイッチの操作の状態を参照する必要があり、明確な記載がなくとも、少なくとも機能切換スイッチが押された状態は記憶する必要があること、及び、そのために、機能切換スイッチの操作の記憶手段(記憶素子)を、シリアルコード信号の発生手段である遠隔制御コード発生回路8が有することが読み取れる旨主張する。

しかし、機能切換スイッチ「TV/VTR」が押されずに入力スイッチが押されたときはテレビ操作用シリアルコード信号を発生し、機能切換スイッチ「TV/VTR」が押され、入力スイッチが押されたときはVTR操作用シリアルコード信号が発生するようにするために、機能切換スイッチの操作を記憶することが必須のものとは考えられないし、また、引用例の上記記載から被告主張のように理解することが、当業者にとって周知あるいは技術常識に属する事項であると認めるに足りる資料もない。

したがって、被告の上記主張は採用できない。

〈3〉  上記のとおりであって、取消事由1は理由がある。

(2)  取消事由3について

〈1〉  まず、本願発明における「論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリ(12~14)に記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路(10)が前記制御すべき機器(20)にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする」との構成中の「前記機器に関連するメモリに記憶されている決められた規則」、「論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路(10)が前記制御すべき機器(20)にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする」の技術的意味について検討する。

本願明細書(甲第12号証)の発明の詳細な説明中の「本発明によればユーザが遠隔操作装置に順次種々様々異なった命令を入力するとき、これら命令は最初、遠隔操作装置とこれにより制御される機器との間の伝送路を介して送出されない。これら命令はまず遠隔操作装置のメモリに記憶される。このことは、入力された命令が完全な、論理的な関係にある、即ちこれら命令の、操作素子への入力が“完了”するまでの間行なわれる。命令の入力が完了したときようやく、入力された命令がまとめて遠隔操作装置から機器へ伝送される。」(3頁19行ないし25行)、「本発明では第1階層ではディスプレイに第4図に示すように選択すべき機器名が表示され、所望の機器に対応するキーの入力操作(例えばVTRキーの操作)でVTRが選択されると、第2階層で第5図に示すように“Play”、“Rec”、“巻戻し”、“早送り”等の表示に切換わり、そこから任意のキー例えば記録をしたいときは“Play”のキーを操作すると第3階層において第6図に示すようにディスプレイの表示がVTRの再生時のモードの表示切換わる。そこで例えば“正常”のキーを操作するとVTRは正常速度で作動されるように選択される。このように第1階層-第2階層-第3階層へと相互に関連するツリー構造になっている操作論理に従った一連の入力操作が完全に終了する。このようにツリー構造になっている操作論理において上層レベルの操作から順次、下層レベルの操作が行われて最下層の操作まで到達する、例えば第4~6図に示されている“VTR”-“Play”-“正常”という順序でキー操作を行うことは「決められた規則」に従っているが、第5図の状態で“VTR終了”キーが操作されることは「決められた規則」に反している。すなわち規則に論理的に一致せず、“VTR終了”キーの操作により“VTR終了”キーが操作されたことは取り消されて第4図の状態に戻る。一連のキー操作が前述のように決められた規則に論理的に合致して、換言すれば論理的な不適合が存在することなく終了したことがマイクロプロセッサで確認されると応答機器に対してコード信号が送出される。」(7頁17行ないし8頁7行)との記載によれば、上記「前記機器に関連するメモリに記憶されている決められた規則」というのは、各機器に対応して存在するメモリに記憶されている、ツリー構造になっている操作論理に適合するような上層レベルから最下層レベルまでの操作についての規則をいうものと認められる。そして、「論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路(10)が前記制御すべき機器(20)にコード信号を発生しかつ伝送する」とは、一連のキー操作が上記「決められた規則」に論理的に適合して、論理的な不適合が存在することなく終了したことがマイクロプロセッサで確認されると、応答機器に対してコード信号が一括して(まとめて)送信されるということを意味するものと認められる。

〈2〉  ところで、前記(1)で検討したとおり、引用例の遠隔制御コード発生回路8は、キー識別回路7で検出した結果に基づいて各スイッチ毎に異なる遠隔制御用シリアルコード信号を発生するものであって、機能切換スイッチ「TV/VTR」が操作されたことを記憶する機能を有するものとは認められない。そして、引用例(甲第14号証)の2頁右下欄末行ないし3頁左上欄末行の前記記載に続く「この発生されたシリアルコード信号は発信部5に加えられ、増幅器9で増幅されてから発光ダイオード10に加えられることにより、シリアルコード化された遠隔制御用光信号が発生される。受信側ではこの光信号を受信し、そのコードを判別してテレビ受像機もしくはVTRを入力キー1の操作に応じて制御する。」(3頁右上欄1行ないし7行)との記載によれば、発信部5(注 審決に「発振部5」とあるのは誤記と認める。)はTVモード、VTRモードに応じてキーの各操作毎にキーに対するコード信号を出力するものであると認められる。

したがって、引用例には、一連のキー操作を記憶しておいて、そのキー操作を示すコード信号を応答機器に対して一括して送信するという技術思想は開示されていないものと認めざるを得ない。

そうすると、審決が、引用例につき、「前記「マイクロコンピュータ」は、このツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部側から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて前記「発振部5」が前記VTR」又は「テレビ」に「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生しかつ伝送することを可能にする」(審決書5頁17行ないし6頁3行)、「引用例記載のものにおいて、ツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部側から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて前記「発振部5」が前記「VTR」又は「テレビ」に「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生しかつ伝送することを可能にすることは、本願発明において、「論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリ(12~14)に記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路(10)が前記制御すべき機器(20)にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする」ことに相当する。」(同9頁14行ないし10頁8行)とした認定はいずれも誤りであり、この認定を前提とする、本願発明と引用例記載のものとは、「b)前記マイクロプロセッサは、論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリに記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路が前記制御すべき機器にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする」(同11頁13行ないし19行)という点で一致しているとした認定も誤りであるというべきである。

〈3〉  被告は、引用例の2頁右下欄末行ないし3頁左上欄末行の「〈1〉機能切換スイッチ「TV/VTR」の操作のみでは遠隔制御用のシリアルコード信号を発生しない、〈2〉機能切換スイッチ「TV/VTR」の操作がなくて、他の入力スイッチの操作が単独であるときは、テレビ制御用のシリアルコード信号を発生上記機能切換スイッチの操作があって、他の入力スイッチの操作が続いてあるときは、VTR制御用のシリアルコード信号を発生する。」との趣旨の記載について、本願発明における上記「決められた規則」に相当するものであり、引用例装置において、上記〈1〉の規則が満足せず、〈2〉の規則が満足したときに、論理的一致を確認しているといえ、この後、シリアルコードを発生し、それ以外はシリアルコードを発生するためのステップは進まないことから、引用例装置は、本願発明と同様、「決められた規則」が「論理的な一致が確認されたとき」に制御すべき機器にコード信号を発生する機能を有しているといえる旨主張している。

しかし、引用例の上記〈1〉、〈2〉の記載内容が本願発明における「決められた規則」に相当するものとは認め難いし、本願発明における「論理的な一致が確認されたとき」にコード信号を送出することの意味内容は上記認定のとおりであるところ、引用例の装置は一連のキー操作を示すコード信号を一括して送信するものではないから、被告の上記主張は採用できない。

〈4〉  上記のとおりであって、取消事由3は理由がある。

(3)  取消事由4について

本願明細書(甲第12号証)には、「本発明の課題は、遠隔操作装置の操作を簡単化し、操作素子の数を僅かに抑え、これにより任意の数の、種々の機器を制御することができ、利用者が概観的な監視を行わないですむようにしかつ利用者が制御すべき機器に対する視覚上の接触なしに操作できるようにすることである。」(3頁13行ないし16行)、「本発明は、次の利点を有している: 1. 命令を機器に送出する前に監視することができ、従って生じ得る誤りを起こさないですむ。それ故にこの予め行なわれる検査によって機器に伝送する前に誤りを排除することができる。・・・2. 実際に、多数のデータをデータパケットにまとめて伝送することの方が簡単である。このために必要な回路、即ちハードウエアは、この形式のコンパクトな伝送によって簡単化される。このことは殊に、マイクロプロセッサに対して当て嵌る。更にデータをデータパケットの形で時間的に集約して伝送することによって誤り検出ビット等によってより簡単に、生じた誤りを検出しかつ取除くことができる。3. 操作者によって入力される命令が持続的に送出されるのではなく、まず記憶されかつそれからまとめて短時間に送出され、すべてのこれらの命令の伝送に対して例えば10minではなくて、例えば3sしか必要でない。遠隔操作装置と機器との間の伝送チャネルが利用する時間はこのように予め記憶しかつ引続いて“トランスファ”することによって著しく低減される。」(3頁26行ないし4頁12行)と記載されていることが認められる。

ところで、引用例記載のものは、一連のキー操作を示すコード信号を一括して送信するというものではないから、本願発明の上記作用効果は引用例のものも当然有するものとはいえない。

したがって、審決は、本願発明の顕著な作用効果を看過したたものというべく、取消事由4は理由がある。

3  以上のとおり、原告主張の取消事由1、3、4は理由があるから、その余の取消事由について検討するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

よって、原告の本訴請求は理由があから認容することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

別紙図面1

〈省略〉

別紙図面2

〈省略〉

平成3年審判第10065号

審決

ドイツ連邦共和国 ハノーヴアー・ゲツチンゲル・シヨセー 76

請求人 テレフンケン・フエルンゼー・ウント・ルントフンク・ゲゼルシヤフト・ミツト・ベシユレンクテル・ハフツング

東京都千代田区丸の内3-3-1 ドクトル ゾンデルホフ法律事務所

代理人弁理士 矢野敏雄

昭和59年特許願第54607号「遠隔操作装置」拒絶査定に対する審判事件(昭和59年10月18日出願公開、特開昭59-183403)について、次のとおり審決する。

結論

本件審判の請求は、成り立たない。

理由

Ⅰ.本願発明の要旨

本願は、昭和59年3月23日(優先権主張1983年3月23日、ドイツ連邦共和国、及び1983年9月14日、ドイツ連邦共和国)の出願であって、その発明の要旨は、平成6年8月15日付けで全文補正された明細書及び出願当初からの図面の記載からみて、特許請求の範囲に記載されたとおりの次のものにあると認める。

「無線伝送チャネルを介して遠隔操作装置に接続されている1つまたは複数の機器(20)の種々の機能を制御するための遠隔操作装置であって、該遠隔操作装置は、コード信号を発生しかつ前記伝送チャネルを介して送出する回路(10)と、前記機器に関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶している記憶素子(12~14)と、該記憶素子に記憶されている規則に応じて操作素子を種々の機能に割当てるマイクロプロセッサを有する回路部分(4、5)と、ユーザによって行われるキー操作を記憶する、RAMとして構成されている作業メモリ(6)とを有している形式の遠隔操作装置において、

a)前記遠隔操作装置は、電子指示素子(3)上のシンボルまたは文字が対している操作素子

(2)を有しており、前記マイクロプロセッサ

(4)は、前記操作素子(2)の操作によりそれぞれの操作素子(2)に対応するシンボル、文字または略語のその都度の割当てが前記指示素子

(3)上に現れるようにする信号を前記指示素子

(3)に送出し、かつ

b)前記マイクロプロセッサ(4)は、理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリ(12~14)に記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路(10)が前記制御すべき機器(20)にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする

ことを特徴とする遠隔操作装置。」

Ⅱ.引用例

当審における拒絶の理由で引用した特開昭57-10594号公報(以下「引用例」という)には、次のものが記載されていると認める。

「光信号」を介して「遠隔制御発信装置」に接続されている「VTR」又は「テレビ」の種々の機能を制御するための「遠隔制御発信装置」であって、

該「遠隔制御発信装置」は、「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生し、かつ「光信号」によって送出する「発振部5」と、

前記「VTR」又は「テレビ」に関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶しており、該規則に応じて「入力キー1」(「スイッチ」)を種々の機能に割当てる「マイクロコンピュータ」を有する「入力キー検出処理回路2」と、

「機能切換スイッチ」(「TV/VT)が操作されたことを記憶する機能を持つ「遠隔制御コード発生回路8」とを有しており、

a)前記「遠隔制御発信装置」は、「表示部4」上の「表示文字」が対応している「入力キー1」を有しており、前記「マイクロコンピュータ」は、前記「入力キー1」の操作によりそれぞれの「入力キー1」に対応する「表示文字のその都度の割当てが前記「表示部4」上に現れるようにする「表示切換信号」を前記「表示部4」を駆動する「表示駆動回路3」に送出し、

b)前記「遠隔制御発信装置」は、「音量アップ」や「音量ダウン」等の「テレビ」制御用「入力キー」が最下層の「入力キー」としてツリー構造の操作論理の基部に直接結合し、「ポーズ」や「キュー」等の「VTR」制御用「入力キー」が最下層の「入力キー」として「機能切換スイッチ」を介してツリー構造の操作論理の基部に結合した2階層のツリー構造となった操作論理に従っており、

前記「マイクロコンピュータ」は、このツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部側から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて前記「発振部5」が前記「VTR」又は「テレビ」に「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生しかつ伝送することを可能にする(引用例第2頁右下欄最終行~第3頁左上欄末行の記載を参照)

「遠隔制御発信装置」。

Ⅲ.本願発明と引用例との対比

本願発明と引用例記載のものとを対比すると、引用例記載の

「光信号」、

「遠隔制御発信装置」、

「VTR」又は「テレビ」、

「制御信号」(「シリアルコード信号」)、

「入力キー1」(「スイッチ」)、

「マイクロコンピュータ」、

「表示部4」と「表示駆動回路3」との組合せ、

「表示文字」、

「切換信号」は、

それぞれ本願発明の

「無線伝送チャネル」、

「遠隔操作装置」、

「1つまたは複数の機器」、

「コード信号」、

「操作素子」(「キー」とも表現されている)、

「マイクロプロセッサ」、

「電子指示素子」、

「シンボルまたは文字」(「シンボル、文字または略語」とも表現されている)、

「操作素子(2)に対応するシンボル、文字または略語のその都度の割当てが前記指示素子(3)上に現れるようにする信号」

に相当する。

また、引用例記載のものの「マイクロコンピュータ」には、VTR又はテレビに関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶するための記憶素子が付随していると認められるから、この記憶素子は、本願発明の「記憶素子」(「機器に関連するメモリ」とも表現されている)に相当する。

また、引用例記載のものは、引用例第2頁右下欄末行~第3頁左上欄末行に記載されているように、機能切換スイッチが押されただけではシリアルコード信号を発生せず、その後に他の入力スイッチが押されたときに初めてシリアルコード信号を発生するものであり、かつ、この際に遠隔制御コード発生回路8から発生するシリアルコード信号は、機能切換スイッチが押されずに他の入力スイッチが押されたときに発生するシリアルコード信号とは異なったシリアルコード信号となるものある。

したがって、引用例記載のものの遠隔制御コード発生回路8は、機能切換スイッチが操作されたことを記憶するための、作業メモリ、レジスタ又はフリップフロップ等で構成された記憶素子を備えていると認められ、かつ、引用例記載のものにおいて機能切換スイッチが操作されたことを記憶することと、本願発明において「ユーザによって行われるキー操作を記憶する」こととは、ある入力操作がなされた否かを記憶する点で共通するから、

引用例記載のものの上記作業メモリ、レジスタ又はフリップフロップ等で構成された記憶素子は、本願発明の「作業メモリ」に相当する。

さらに、本願全文補正明細書第7頁第14行~第8頁第7行の記載を参酌すれば、本願発明において「論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリ(12~14)に記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認され」るとは、ツリー構造に組織化された操作論理において上層レベルの操作から順次下層レベルの操作が行われて最下層の操作まで到達することと認められるから、

引用例記載のものにおいて、ツリー構造となった操作論理に従ってツリー構造の基部側から最下層側へと一連のキー操作がユーザによって完全に入力されたときにはじめて前記「発振部5」が前記「VTR」又は「テレビ」に「制御信号」(「シリアルコード信号」)を発生しかつ伝送することを可能にすることは、

本願発明において、「論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリ(12~14)に記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路(10)が前記制御すべき機器(20)にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする」ことに相当する。

したがって、本願発明と引用例記載のものとは、以下の一致点で一致し、次の相違点で相違する。

〈一致点〉

無線伝送チャネルを介して遠隔操作装置に接続されている1つまたは複数の機器の種々の機能を制御するための遠隔操作装置であって、

該遠隔操作装置は、コード信号を発生しかつ前記伝送チャネルを介して送出する回路と、

前記機器に関連して制御すべき機能に適合した決められた規則を記憶している記憶素子と、

該記憶素子に記憶されている規則に応じて操作素子を種々の機能に割当でるマイクロプロセッサを有する回路部分と、

ユーザによって行われるキー操作を記憶する作業メモリとを有している形式の遠隔操作装置において、

a)前記遠隔操作装置は、電子指示素子上のシンボルまたは文字が対応している操作素子を有しており、前記マイクロプロセッサは、前記操作素子の操作によりそれぞれの操作素子に対応するシンボル、文字または略語のその都度の割当てが前記指示素子上に現れるようにする信号を前記指示素子に送出し、かつ

b)前記マイクロプロセッサは、論理的に相互に依存している一連のキー操作がユーザによって完全に入力されかつ前記機器に関連するメモリに記憶されている決められた規則との論理的な一致が確認されたときにはじめて前記回路が前記制御すべき機器にコード信号を発生しかつ伝送することを可能にする遠隔操作装置。

〈相違点〉

(1) 本願発明では、作業メモリによって記憶されるキー操作は、複数種類あり、また、作業メモリは複数種類のキー操作を同時に記憶するものと認められるのに対し、引用例記載のものでは、記憶されるキー操作は機能切換スイッチの操作1種類のみである点。

(2) 本願発明では、作業メモリがRAMとして構成されているのに対し、引用例記載のものでは、作業メモリに相当する構成についての記載がなく、その構成が不明である点。

(3) 本願発明では、論理的に相互に依存している一連のキー操作の中に、ツリー構造の操作の下層から上層へ戻るためのキー操作が含まれていると認められるのに対し、引用例記載のものでは、ツリー構造の操作の下層から上層へ戻るためのキー操作についての記載がなく、このようなキー操作の有無が不明な点。

Ⅳ.当審の判断

相違点(1)について検討すると、引用例記載のものにおいて記憶されるキー操作が機能切換スイッチの操作のみであるのは、ツリー構造となった操作論理が2階層のツリー構造であり、かつ、ツリー構造の2階層目に移るキー操作が機能切換スイッチの操作のみであるためである。

操作論理を3階層以上のツリー構造とすることは周知であり(例えば、特開昭57-30073号公報、特開昭57-169813号公報、実願昭56-87438号〔実開昭57-200991号]の内容を撮影したマイクロフィルムの各記載を参照)、かつ、操作論理を3階層以上のツリー構造とした場合には、最下層のキー操作に達するまで記憶しておくべきキー操作の種類が複数となると共に、同時に記憶しておくべきキー操作の数も複数になることは自明である。

したがって、引用例記載のものにおいて、操作論理を3階層以上のツリー構造とし、それに伴って記憶すべきキー操作の種類を複数種類とすると共に、複数種類のキー操作を同時に記憶するようにすることは、当業者が容易に想到し得たことと言える。

次に相違点(2)について検討すると、メモリをRAMで構成することは例示するまでもなく周知であるから、引用例記載のものにおいて作業メモリをRAMで構成することは、当業者が適宜決定すべき単なる設計的事項と言える。

次に相違点(3)について検討すると、ツリー構造の操作論理を用いる際に、ツリー構造の操作の下層から上層へ戻るためのキー操作を設けることは、周知である(例えば、特開昭57-34249号公報第3頁左上欄第11~14行の記載、特開昭55-137790号公報第4頁右上欄第9~13行の記載参照)から、引用例記載のものにこのようなキー操作を設けることは、当業者が適宜決定すべき単なる設計的事項と言える。

Ⅴ.むすび

以上のとおりであるから、本願発明は本願出願前日本国内において頒布されたことが明かな引用例に記載された事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるから、特許法第29条第2項の規定により特許を受けることができない。

よって、結論のとおり審決する。

平成6年9月28日

審判長 特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

特許庁審判官 (略)

請求人被請求人 のため出訴期間として90日を附加する。

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